『風の谷のナウシカ』(1984年)

風の谷のナウシカ [DVD]
ほぼ30年ぶりにこの映画を観る。内容はかなり忘れていた。

映画を観るに先立って初めて原作漫画を読んでみたのだが、漫画の最初の部分しか映画化対象になっていないことはともかくとして、うわさどおり内容もかなり違うね。漫画と比べると物足りないという感想を抱かれがちな、かわいそうな映画かもしれない。これだけ原作を改変してよくぞここまで内容をまとめたなとは思う*1

でも、ナウシカの屈託のない笑顔が見られる明るいハッピーエンドの結末はこの映画ならでは。これはこれで捨てがたい*2。もしこの映画の続編をつくることがあるのなら、漫画は無視してこの映画の世界観でつくってみてはどうだろう。

ともかく、世界自然保護基金WWF)が推薦している映画だけあって、自然保護と動物愛護を心がけたくなる映画である。そうそう、花粉症に悩んでいて年中マスクを愛用している私にとっては、瘴気まみれのこの作品の世界が他人事とは思えないような気も。

さて、音楽は久石譲で、いまの彼の原点であり大出世作でもある。彼の音楽がなかったら本作品の魅力は半減してしまうのでは、と思ってしまうほどこの作品の雰囲気に合っている。特に『オープニング』(イメージアルバムでいうところの『風の伝説』)は、久石譲の最高傑作じゃないかなぁ。

風の谷のナウシカ サウンドトラック はるかな地へ・・・
ナウシカ・レクイエム』(イメージアルバムでいうところの『遠い日々』)は、「ラーンランララランランラン♪」でおなじみの曲。冒頭部分はヘンデルの『サラバンド』から採られているようだ。

『鳥の人』(もしくは『はるかな地へ...』)は、何か良いこと(?)が起きたときに流れる曲。これも佳曲。

安田成美が歌う有名なシンボルテーマソング(細野晴臣が作曲)は、この映画ではまったく使われていない。つまり、この映画には歌入りの曲は使われておらず(「ランララ」はともかく)、これは宮崎駿作品の中ではこの作品だけのはず。これはこれでストイックで魅力的で、特にこの映画のエンディングは感動的な仕上がりだと思う。

漫画『風の谷のナウシカ』(1982年-1994年)

風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)

特に最初のほうはうわさどおりちょっと読みにくいし、コマ割りやセリフの間が単調で盛り上がりに欠ける感もある。でも徐々に改善されるし、読んでいるほうもたぶん慣れる*3。ただ、アクションシーンは何をやっているのか分かりにくいことが最後まで多かったような。

映画との一番大きな違いは、土鬼(ドルク)という国が登場すること*4。この土鬼という国が、超能力(超常の力)の持ち主がたくさん住んでいる怪しいオカルト帝国なのだ*5。映画では超常の力はそれほど明確には登場しないが、漫画では重要な要素になっている。ナウシカも徐々に超常の力に目覚めていく。

トルメキア王国*6の皇女クシャナの描かれ方も、漫画と映画では大きく異なる。漫画では勇敢かつ優秀で、さらに部下思いというかなりの傑物なのだ*7。漫画に比べると映画のクシャナはちょっとバカっぽい。まあいずれにせよ、敵国にとってはクシャナは鬼のような奴なんだろうけど。

また、ナウシカの相手役のはずのアスベルが、漫画では後半くらいになるとあまり活躍しなくなる。ナウシカはすっかり伝説の聖女になってしまったから、超常の力を持たず頭脳派というよりも肉体派の彼は、ナウシカとはイマイチ釣り合わなくなってしまったよなぁ。

作品の主題については、映画では自然保護を訴えるような内容だったが、漫画ではより大きなことを訴えている。哲学的な難しいことはよく分からないのだけど*8、欠点はあっても、いや欠点があるからこそ、生命はそれ自体が美しい、「神」に完全に制御された「正しい」世界など真っ平御免、みたいなことを主張しているのだろう*9。それにしても、人類があんな気の長い遠大なことを考えるものかなぁと。

*1:漫画を先に読んでいると突っ込みたくなる部分はいくつかあるけど。

*2:漫画の最後のナウシカの笑顔は、世界の「闇」を知ってしまった後の複雑な表情だからなぁ。

*3:長期にわたる連載だったので、最初と最後では画風が微妙に変わってる。最後のほうのナウシカの顔はちょっともののけ姫っぽいかも。特に「否!」と叫ぶ顔とか。

*4:映画に先駆けて発売されたサントラのイメージアルバムには、『土鬼軍の逆襲』という曲がある。久石譲は漫画のほうを読んで曲の着想を得たのだろう。

*5:土鬼の宗教はちょっと仏教っぽい。結跏趺坐をしているし。ナウシカが「成仏」という言葉を使っているのも印象に残った。

*6:この作品は中世から近世くらいの世界観のようで、民主主義の「み」の字も出てこない。どうやら電気も水道もないようだが、旧時代の遺産である飛行機だけは大活躍している。燃料はなんだろうね。遠い未来の話みたいだから石油はとっくの昔に枯渇しているだろう。

*7:「犬死は無用、蛮勇も許さん、速力が武器だ」というセリフが私のお気に入り。

*8:「虚無」という言葉が頻繁に登場していて、どうやらニーチェ虚無主義ニヒリズム)を意識しているようだ。

*9:宮崎駿遺伝子組み換え作物などには反対の立場なのだろうね。